ドイツW杯 戦犯の中田さん 有識者達が語る

鈴木良平

もうひとりは中田英。一生懸命にピッチを走り回ったことは認めよう。奮闘したことも認めるにやぶさか
ではない。だが、中田英は日本代表に必要なかった。 ボランチというポジションにいながら、攻撃ばか
りに気を取られ、攻守のバランスを大きく崩してしまった。ヘタな守備でピンチを何度も招きながら、チ
ームメートに対して怒鳴るように守備の指示を出しても、誰も素直に聞くはずがない。

何でもないパスミスも多く、ボールを奪われるシーンも1次リーグ3試合で一体、何度あったことか。まっ
たく機能していない中村、中田英を重用したジーコもまた、戦犯であることは、改めて言うまでもないだろ
う。 (ドイツサッカー協会公認S級コーチ)





後藤健生 「日本サッカー史日本代表の90年 1917→2006」

 中田は、「自らがこういう選手になりたい」という自己イメージを持ち、それを目指して
完璧な準備を行うことによって、プロに入り、代表で活躍し、そして、イタリアとイングランド
プレーする夢も叶えた。だが、最初に入ったセリエAペルージャでこそ華々しい活躍をしたものの、
その後は次第に活躍の場を失っていった。彼をあのようなすばらしいプレーヤーに育てた彼自身の
持つ自己イメージにとらわれ、それに合わないプレーを拒んでしまったのが、中田の失敗だった。
そして、彼はマスコミに対して頑なな態度を取ることなど、単なるプロ・サッカー選手以上の
自己イメージを身にまとってコマーシャリズムの世界に入っていった。本来なら、ビッククラブで
活躍する場が与えられなくなったのであれば、下部リーグでプレーしてもよかったし、帰国して
Jリーグでプレーする選択もあったはずだが、おそらくそれは彼のプライドが許さなかったのであろう。








P.98 〜 (文:木崎 伸也)

変わったのは周りの態度だけではない。代表にブランクがあったことが、中田英寿の周囲への接し方をひどくぎこちないものにしていた。
ボランチのパートナーである福西を、テレビカメラが撮影している目の前でどなりつけたこともある。
反論の機会は与えない。一方的に、高圧的に、あたかもすべて自分が正しいんだというように声を荒げた。
のちに中田英寿はNHKのインタビューで、なぜチームメイトに暴言に近いほどの汚い言葉を浴びせ続けたかの真意を語っている。

「試合でコンチクショウと思いながらやるエネルギーになればと思って、他の選手にはとにかくこちらの意図を伝えました。みんなの気持ちを引き出すために、僕が考えてわざとやったことです。ケンカしながらじゃないですけど、むこうも『何だ?』
っていうエネルギーが、ガンガン前に出るような感じがあったんで、非常にいい精神状況でやれたんじゃないかと思う」

(中略)

ある試合で、後半に退場者が出たときのことだ。ひとり少なくなったことの穴埋めで守備陣は手一杯になり、DFラインの裏への走りこみに対してボランチが戻らなければいけない状況になっていた。
たまらず、DFのひとりが「さっきみたいな走り込みに対してはマークについて欲しい」と頼んだ。
すると中田英寿は突然、激昂し、咆えたという。

「お前がついていけばいいんだよ」

「いや、今は俺は他のマークについていたし、絶対無理です。だから、ついてください」

「はあ?俺はお前に気づいてるから言ってるんだぞ。分かってるのか?」

そのDFは思った。なぜ、平等な立場であるべきチームメイトに、一方的に怒鳴られなければいけないのか。ヒデには意見しちゃいけないっていうのか?あなたは王様なのか?







ジーコ中田英を切るべきか

中田英は、もう使わないほうがよいのではないか。8日のアルゼンチン戦を見て、
その思いを強くした。
 中田英はプレーヤーとしての質が明らかに落ちている。多少フィジカルが強く
てボールはキープできる。しかし、そのキープも「相手にボールを奪われない」
という程度のもので、キープしながら局面を打開できるようなスルーパスは出せ
なくなっている。ひとつのプレーで決定的なチャンスをつくり出す創造性や判断
力もない。ゲームメーカーとして期待できるレベルの選手ではなくなっている。

11日のパラグアイ戦もそうだが、コンフェデ杯でもジーコ監督は中田英をチー
ムの中心に据えるだろう。しかし、プレーヤーとして限界が見えている中田英
頼っている限り、ジーコ・ジャパンの未来は暗い。

ドイツサッカー協会公認S級コーチ・鈴木良平